Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

   抱っこでネンネvv〜別のお話篇 *微妙に(?)進さんBD作品

    



 なかなかにカラッと晴れてくれない鬱陶しい日々が延々と続いた、これもその余波なのだろうか。ハッと気がついたらもう七月も七夕を過ぎて中盤へ突入せんとしていたりし、あちこちでバーゲンが始まってもいて。これが、中学から上の学生さんだと、夏休み前の期末考査の真っ最中というところで、

  ――― 何を今更“もう10日っ!?”なんて騒いでいるやら、と。

 せいぜい呆れられているのかも?
(笑) 多分に本人たちの本意からではないのでしょうが、最も暦を…つか“カレンダー”を、正確に辿っているのは、彼らなのかも知れませんね。………で。

  「…何つーカッコをしとるかな。」

 こちらさんのガッコでは、その期末テストも先週のうちに全て終わっており、週末からこっちは終業式まで“試験休み”に突入中。それでも彼が登校して来たのは、夏合宿を前にしての打ち合わせやら何やらと、そこへと送り出す秋大会の主役、後輩たちの自主トレに付き合うためだというから、一応は引退扱いの身でありながら、なかなかに熱心な元主将こと葉柱ルイさん、三年生だったのだが。そんな彼の到着が一番ノリかと思っていたらば、アメフト部の専用部室には先客が来ており、
「遅せぇなあ。もう昼になっちまうぞ?」
 つか、何でまたこんな中途半端な時間帯に顔集めることにしたんだよ。朝一番じゃねぇと暑いばっかだろうし、夕方じゃあわざわざガッコまで来るのが億劫になるもんだしよ。
まるでお人形さんみたいに小綺麗な目鼻立ちとほっそりした手足をし、金髪に金茶の眸という、相も変わらぬ可憐な風貌をしていることを…大きに裏切っての、何とも一丁前な口利きも相変わらずの、こちらは蛭魔さんチの妖一くん、小学三年生だったりするのだが、
「ちょっと待て、お前がどうしてそれを知ってる。」
 そういえば、今日は月曜で、しかも彼は小学生だから。クドイようだが終業式まで試験休みとなっている自分と違い、まだ学校の授業があるはずなのに? だからこそ、この期間の予定はこまごまとまでは話していなかったのだし、葉柱が引退したという事実だってご存じのはずで、
「俺は出て来なかったかも知れねぇのによ。」
 まあ、現実はこうだったので、何を今更なお言いようではあるけれど。先週の試験中は“邪魔しちゃ悪いから”と自分から言い出して、事実、呼び出しのテレフォンもなければ、放課後の部室へも来なかったくせに。だからこそ、一体どうやって今日からの始動を知っていたのか…と、そこがどうにも見えないし解せないらしく。怪訝そうなお顔でいる総長さんへ、
「何だよ、どうかすると1週間振りになんのに、まずはそんな挨拶なんかよ。」
「だ〜か〜ら。」
 さすがにそろそろ結構な蒸し暑さとなって来たからか、いつもの例の白い長ランは羽織っておらず。Tシャツをインナーに、白地に大人しめの柄がシックなアロハ仕立ての開襟シャツといういで立ちの総長さんが、人の話を聞けと額に青筋を立てるのを見るのも1週間振りだよなぁと。逢えなかった間、特に寂しかった訳ではなかったけれど、それでもね。今の今、凄げぇ楽しいのを実感している坊やに向けて、

  「俺がこうやって来てなかったら…、
   不審者が入り込んででもいたらどうしてたよ。」

 ただでさえ此処は学校の敷地内だし、札付きの不良ぞろいというあんまり芳しくない評判で名高い高校でもあるからね。そんなお兄さんたちが、しかも間違いなく大勢いるよな構内へ、目があったら十中八九は絡まれようにわざわざ入って来る物好きもいなかろうけれど。変質者には“普通”の判断を求めてはいけないからね。しかも、間の悪いことには“試験休み中”なので、学生の数は勿論のこと、教師らの登校在駐数も絶対的に少ないと来て。
「しかも、そういうややこしいカッコでいるし。」
 そういえば開口一番に何か言ってましたね、お兄さん。確か“何つーカッコをしとるかな”って。そこでとカメラをあらためて寄せてみれば、こちらさんも白地へ緑や茶の線描きで、ヤシの木やらコテージやら、南国の浜辺がスケッチタッチで描かれた開襟シャツを羽織ってはいたけれど。その下は何にも着てない素肌で、しかも。誰もいなかったのをいいことに、ボタンを全開けという大胆さ。しかもその上、ボトムは…どう見ても海パンではなかろうか。
「違うもん。ガッコ指定の“スク水”だもん。」
 スク水? ああ“スクール水着”の略ね。よって、海水浴用じゃないも〜んと言いたいらしく。ま〜た判りやすい屁理屈を繰り出しおってからにこの子はも〜〜〜っと、総長さんの三白眼がキリキリと尖ったものの、それを見るのも1週間振りなせいだろか、
「♪♪♪〜♪」
 怖いどころか、坊やにしてみれば嬉しくってしょうがないらしく。それどころか、
“チッ、しまったな〜。暑いからってこんなカッコしてたのに、それでお膝に登っちゃったら理屈に合わねぇや。”
 そのっくらいの矛盾なんて、子供だからってことで押し切ってもいいんだけどなと。思いはしても…先に自分で気がついてしまったことが気後れになってる辺りが、やっぱり子供離れしているおマセな坊やだったりし。
「今日の体育はホントだったらプールだったのによ、天気がはっきりしなくて水温が上がんなくて取りやめになったんだ。」
「それでの憂さ晴らしかい。」
 今でも26度以上なんでしょうかね、小学校のプールの水温基準は。これって陽が照ってないと、いくら気温は高くともなかなかそこまで達しなかったりするんですよね。泳げると思ってたのにさ、あ〜あ暑い暑いと。イタリアンカラーの格子柄が小粋な下敷きをぺこぺこ鳴らしもって、お顔やらシャツの前合わせをはだけた胸元やらを扇いでる。その胸元がまた、もともとの色白さに加えて、多少はお肉の付いてきた証しか、なだらかな隆起が仄見えて。妙に………色っぽかったりするじゃああ〜りませんかと、
“………思ってしまうってのは、やっぱ。”
 俺ってやっぱり、立派に終わってるのかなぁと。しみじみと思いながらの八つ当たりのようなもの、
「誰か来る前に、ちゃんと服を着な。」
「何でだよう。」
「い・い・か・らっ。」
 いちいち何でなんて理由なんか要らねぇと、恐持てな態度のまま強引にも押し切るところが、
“子供みたいだなぁ”
 8つも年下の正真正銘の子供から“可愛いよなぁvv”なんて苦笑混じりに思われてたりする、葉柱さんチのお兄さんだったりし。だって、これが桜庭さん辺りだったなら、
『だってヨウちゃんたら刺激的なんだもん』
 なんて陽気に微笑みながら、厭味も臆面もなく言ってのけちゃうのだろうし。あの、恋敵の歯医者さんに至っては、
『このまま攫ってっちまうぞ』
 なんて言い出しかねないと。…いや、それぞれの言動の判断基準は、あくまでも総長さんの一方的な独断によるものであって。そんなことを言ってるところ、ホントに見た訳じゃああないので念のため。
(笑) しぶしぶながらという風を装って、シャツの前ボタンだけとりあえず留めて見せ、
「ルイんトコのプールは開いてねぇのか?」
 試験休み中でも水泳部が使ってるとかさ、そういうことで使えるようになってねぇのかと。はは〜ん、それがお目当てだったのねというところをやっと口にした坊やに向けて、
「残念だったな。ウチの他には試験休みにまで出て来る部はねぇよ。」
 野球部も早々に甲子園への切符は逃してるし、陸上部やその他の、高校総体に種目がある部も、春の都大会を結局は勝ち上がれなかったらしいから。その活動は秋へ向けての合宿がメインとなり、よって夏休みに入ってからが本格始動。スポーツの部活ともなれば、いくら高校生でも、安全管理上、生徒だけで集まらせるって訳にもいきませんものねぇ。部長の先生方も試験の採点とか通信簿の作成とかでお忙しく、とてもじゃないが顔までは出せないでしょうから、専任の顧問という監督やコーチでもいない限り、グラウンドや体育館などの使用許可は降りないに違いなく。
「…いくら賊学だっつっても、ルイんトコくらいだもんな、そういうの頭っから無視しそうなの。」
「そういうことだ。」
 何の部活にも関わらずにいる不良どものことはいざ知らず、一応の熱意があって取り組んでる者たちならば、そういった決まり事も規律の一環ということで、結構遵守されているらしいのだが。そもそも監督や部長って居るんだろうかというほどに、生徒だけでの活動を続けているアメフト部では…ねぇ? 勿論、意味のない、過労にしかつながらないようなトレーニングを避けるための、ポジション別の練習メニューの作成から、風邪予防や熱中症対策に至るまで、健康面へのサポート態勢は徹底しているし、ほとんどの部員が総長さんへのご執心から集まっているので、絆も丈夫でメンタル面での不安は欠片ほどもなく。
“おいおい。”
 そんなことを思い切り言い切るか…と、少々呆れたらしい総長さんだったところへ、
「で? 何でまた、こんなややこしい時間帯に集合なんだ?」
 自分のふしだらな格好の理由を白状したんだからそのお返しということか、きっちりとお話を戻してくださった坊やであり、
「新しい主将のシノブが、数学で赤点取ったんで補習受けてやがってな。」
「…ふ〜ん。」
 そんなもんがどーしたっと一蹴しないで、きっちり受講している彼待ちなんだろう。そういう…妙なところが律義なのは、もしかして。この部の伝統なんだろかと、ふと考え込みかかった坊やだったのだけれども。
「で? お前は何でまた、此処に来てんだよ。」
「ん? メグさんから訊いた。」
 メグさんは赤点取んないだろからさ、補習受けることんなったのは誰と誰かなって問い合わせたら、結構いるけどだからこそ、
「ガッコには来てる訳だから、そのために招集かけなくてもいい分、ミーティングしやすいしってことで。今日から何日か、夏休みの合宿の連絡とか打ち合わせとかをすることになってるって話を聞いた。」
「…ほほぉ。」
 彼女もまた“引退”している筈だのに、下級生たちの補習状況まで把握してあるメグさんであり、そういう遠い切り口から総長さんの行動を知り得た坊やもなかなかに鋭い。
『つか。素直に“ルイの予定はっ?”て訊くのは、なんか照れ臭かったんだろうねぇvv
 そういうところが可愛いと、見抜いてしまえるメグさんもおサスガです。
(苦笑)
「水泳の授業ってのは毎日あるのか?」
「ん〜ん、週に3日で次は水曜だ。」
「だったらそうさな、ウチの中庭の小さいのでも良いんなら、ミーティングの後、一緒に帰って浸かったらどうだ?」
 え? 良いの?と。ぱぁっとお顔が満面の笑みにて輝いたのは演技なんかじゃあないと、そこは読み取れる総長さん。
「海パンまで履いちまってんじゃあ、ただの水浴びじゃあ収まんねぇんだろうしな。」
 七月に入ってすぐに業者が来て掃除してもらって、そん時に水も張り替えてたからな。水は夏の間中ずっと循環させてるから、まだ綺麗なもんだろし、水温さえ調節すりゃあ十分浸かれるぞと。既に興奮が入ってのワクワクっとした眼差しになってる坊やだってことへと、軽く苦笑しながら。ご希望を叶えて差し上げましょうと太っ腹なところを示した総長さんであり、
「やったっ!」
 あ〜もうっ、早く補習終わんねぇのかよと。実に判りやすい言いようまで出るに至って、そんなにも泳ぐのが楽しいんだなと、意外な子供らしさを再発見したような気分でいたところへ、

  「あ。そうだ。俺、ルイに訊きたいことがあったんだ。」

 それもあっての、わざわざのお運びであったらしく。はしゃいでいたのがピタッと落ち着いたほどの“訊きたいこと”って一体…?
「…何だよ。」
「あのさ、先週末っつーか、昨日の日曜は、進の野郎の誕生日だったらしくてな。」
 共通の知己だからというぞんざいさ。やっぱり年上のお兄さんを捕まえて、呼び捨てな上に“野郎呼ばわり”だってのが物凄い。余計なお世話ながら、も少し説明を付け加えるならば。進さんというのは、フルネームは進清十郎という、ルイさんと同い年の高校三年生。しかも、ここも同じ点として、学校の部活動では“アメフト”を嗜んでおられ、高校、いやさ、日本のアメフト界での最強ラインバッカーではなかろうかという評価を、今から既に受けている、スーパースターさんでもある。そんな進さんとは、有名人だからこっちからだけ知っているという間柄ではなく、そもそもは坊やのお父さんとの知り合いだったという伝手があっての知己同士で。しかもその上、今を逆上る2年前、妖一坊やと仲良しさんの、やっぱりまだ小学生の小早川瀬那くんと“運命の出会い”をしてからこっち。それまでの、生真面目を通り越してスポーツ一辺倒な修行僧みたいだった(なんやそれ)高校生離れした言動に輪をかけて…というか、微妙な軌道修正がかかっての、微妙な言動をしてもいるらしく。
(苦笑) 周囲の方々には、なかなか退屈しない状況を提供し続けている罪な人なんだそうだとか。詳細は、シリーズの中の“別のお話”編を読み直していただくとして。(おいおい)
「そういや、去年も七夕の時にそういう話をしてたよな。」
 妖一くんのお家まで、自分チの庭から枝振りの良い笹を持って来て差し上げたお兄さんだったのだけれど。その時に…ちびセナくんへのアドバイスをしつつ、お手製のマスコットとか作ってなかったか、なんてこと。思い出して口にした葉柱のお兄さんだったのへ、
「…しらじらしくねぇか? それ。」
 心持ち斜に構えてのちょいと目許を眇めたまんま、ちろりんという流し目をしてくださった坊やだったりし。そんな妖しい思わせ振りが、この年齢で決まってしまうだなんて。先程までの生っちろい半裸の妖麗さといい、何て不埒でけしからんお子様だろうかと…。
「〜〜〜〜〜。////////
 だから いちいちたじろいでてどうしますか。しっかりしろ、総長さん。
(笑) 何かしら含みがありそうな態度をご披露くださった坊やだったけれど、
「セナが“葉柱のお兄さんによろしく言っといて”だとよ。」
 あらまあ、こっちはさっきのメグさんへの問い合わせに控えてた裏事情や何やと違って、いやにストレートな情報だったみたいで。坊やがちょいと斜に構えてしまっているのは、

  「俺に黙って、奴に何のお世話をしたってんだよ。」

 ああやっぱり。双方からの接点である筈の自分の頭越しで、何やら勝手にってのが面白くなかった妖一くん。それもあっての腹いせのセミヌードという“嫌がらせ”だったのかも知れずで、
「…別に、大したことじゃねぇってよ。」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん?」
 そうまで“ふ〜ん”を引き伸ばさなくても。
(苦笑)
「………。」
 じ〜〜〜っとその視線を外さないまま、睨めっこになだれ込んでの………1分弱。

  「判った、全部話すから。」
  「よし、きりきり話せ。」

 微妙な緊張感が解けたのへと連動してか、今年一番乗りらしい蝉の鳴く声が、どこか遠くから聞こえて来て。ああ、もう本格的な夏も近いなと、意識のどこかで無意識ながら、感じてしまった総長さんだったらしいです。






            ◇



「あのね、今朝お庭を見たら、もう朝顔が一個だけ、赤紫のが咲いてたの〜〜vv
 ママが春に植えたの、セナが一年生のときにガッコで育てた朝顔から取れた種でネ、去年もそりゃあ綺麗に咲いたんだよぉ? こんにちはのご挨拶に引き続き、それは見事な時候の話題をまで展開して下さった愛らしい小学生には、顔見知り同士という間柄な葉柱ではあったけれど。彼と会うのはいつも、もっと懇意にしている蛭魔さんチの坊やが一緒のときに限られていたものだから。
「…ホントに俺でよかったのか?」
 妖一と一緒にいると勘違いしての、お呼び立てだったりしたんじゃあ…? 待ち合わせは此処へと、メールで指示されてた某駅前のマックのお二階。こちらでお召し上がりのためのボックス席が並ぶフロアへと、トレイは断ってのアイスコーヒー入り紙コップ片手に、指定されたお時間きっかりに姿を現した葉柱を待っていたのは。朝顔のお話をのっけから聞かせて下さった、そりゃあ愛らしい小学生、小早川さんチのセナくんとそれから、
「勿論だよ。ってゆか、ヨウちゃんがいるとお話が聞けないかも知れなかったから。」
 なので、今日はヨウちゃん、高見センセーの研究室に出向いてるのを確かめてからお呼び立てしたんだしと。いかにも毒のなさそうな軽やかな笑顔のまんま、それにしては…あの坊やを相手になかなか周到なお膳立てをしたところに油断のならないものを感じる、只今 人気上昇中の若手アイドル、桜庭春人さんがご一緒という、ちょっぴり意外な顔触れであり。ささ、どうぞどうぞと向かい合う席を進めて下さり、
「…で? 一体何が訊きたいって?」
 特に忙しいって訳ではないが、何とも妙な顔合わせだけに。族の誰ぞに見られたならば…相当に首を傾げられること請け合いだろうなと、そんな辺りを懸念して、話を促した葉柱へ、
「う…ん、あのさ。」
 おやおや。そっちから呼んでおいて一気に口籠もってしまうとは、このテンションの変化は何ごとだろか。さしてゆったりした座席ではなかったものの、それでも高々と長めの脚を組み、その膝頭へと自慢の長い腕を差し渡し、大きな作りの手を乗っけ。心持ち体を斜めにしての“事情聴取”の構え…もしかして“因縁つけ”の構えかも…を取って見せた葉柱が、
「ちゃっちゃと言わねえんなら、俺は帰ぇるぞ。」
 何が楽しくて、せっかくの試験明けの土曜の真っ昼間。自分とはタイプが明らかに異なり、引き立て役にしかならないだろう、こんな綺麗どころたちと意味なく向かい合ってにゃならんのか。せっかく雨が上がったのだから、バイクの整備とかしたかったんだけどよと、そんなこんなを言い出そうと仕掛かったタイミングへ、

  「あのね? 実はセナからのお願いがありますです。」

 おおっと。まま、意味なく一緒にいた訳ではなかろうけれど、てっきり…一人では葉柱を呼び出せないからということで選ばれた介添え役の桜庭に、交渉なり陳情なりの全部を任せっきりにしての、そんな運びとなろうと思っていたので。セナくんがそんな声を唐突に放ったのが、これは葉柱にも意外であり、
“あの坊主が、何か良からぬ企みでも進めてやがんのかな。”
 今更、この坊やを苛める妖一くんではなかろうからね。そんな種の陳情とか進言ではなかろうと、そこへは欠片ほども危惧してなかった総長さんだったのだけれども。
「あのね…あの…えと…。」
 勢い込んだそのくせに、それなら拝聴いたしましょうかと、葉柱のお兄さんがその視線を真っ直ぐ坊やへ向けると。そこはちょっぴりまだ怖いのか、えとえっとと口ごもり始めてしまったものの、
“…うわ〜、どうか葉柱くんが気の長いツッパリさんでありますように。”
 何やそれと各方面からツッコミが容赦なく入りそうなことを念じつつ、やっぱり僕から訊いた方が良かったのかしらと、桜庭さんがそわそわしだしたところへと、

  「あの…あのね?
   進さん、セナがお泊まりしても一緒にネンネしてくれないの。」
  「………はい?」

 思わず、何年振りだろうかというほどもの“良いお返事”を返してしまった総長さんであり、
「あのね? セナ、時々進さんのお家へお招きされて、晩が遅くなったりするとそのままお泊まりしたりするのだけれど。そゆ時、いっつも進さんは、セナと一緒に寝てくりないんです。//////////
 柔らかそうな頬を真っ赤にしているのは、いくら無邪気な彼だとて、あんまりこういう開けたところで、大きなお声で公言しても良い話題ではないのかもという自覚が、さすがに多少はあるからなのか。でもだけれど、大好きなお兄さんだのに一緒に寝てくれないのは不満である…らしいという主張が、何というのか、いかにも子供で可愛いったら。
「………ガタイがあっから、二人で寝入るってなるとベッドから落っことしそうで。それを心配してのことなんじゃねぇのか?」
 そいや、最近はウチの坊主も背が伸びて来てて。別に寝るにせよ、くっつけて面積を広げるにせよ、エクストラベッドを出しやすくしとく必要があるかもななんて、ぼんやりと思っていると、
「進さんチは畳にお布団です。」
「…そうなのか?」
 だったら、落ちるも落とすもないはずで。
「ちなみに凄っごい古い日本家屋で、家族の頭数の倍以上、寝室クラスのお部屋があるから。家具が邪魔してとかいう理由で、狭くて布団が2組以上は敷けないって恐れも、全くないんだよね。」
 桜庭さんからのフォローが入ったので、
「それなら、寝相の関係から押し潰すって恐れも、さほどにはねぇってことだよな。」
 環境が原因ではないらしいことは葉柱にも伝わって。
「寝相の問題は冗談抜きに全くない筈なんだよね。」
 桜庭さんが…少しほど伸ばした柔らかそうな亜麻色の髪のその陰にて、どこか鹿爪らしい、きりりとしたお顔になって言うことにゃ、
「あいつの寝相のよさは、王城でも有名で。修学旅行だの遠征だの、クラブハウスでの集中合宿だので、部員同士での同室なんて寝方をする機会も結構あるんだけれど。そのどの時だって、金縛りにでも遭ってんじゃなかろうかってほど微動だにしないまま、朝までぐっすり寝てる奴だってのにさ。」
 まさかに家でだと、気が緩んで奔放な寝相になっちまう奴なんだろか。それで、
「セナ坊を蹴りでもしたらと。奴なりに心配してんじゃねぇのかな。」
 最強という素地を支える何やかや、途轍もない集中力や根気という素養に飛び抜けたものを備えているその代わり、そういう…細やかな気遣いとか手加減とかいうものには、全く縁が無さそうなことで、人としてのバランスが取れてたんじゃなかろうかと。聞きようによっては随分と失礼な言いようながら、でもだけれど。そんなバランスだってのが誰にもすんなりと頷けるような、そんな偏り方をしていた進だったのが。この、小さな愛くるしい坊やとのお付き合いを始めてからは。あくまでも“セナくん限定”のことながら、ふわりと抱き上げてやったり、前髪についた糸屑をそぉっとそぉっと除けてあげたり、適度な手加減というものを、きちんとこなせるようにもなっており。ただ、

  「眠っている時にまで、その加減がちゃんとこなせるのかどうかなんてことは。
   成程、本人も寝てるんだから確かめようがないもんな。」

 しかもこればっかりは、やっぱり箍が外れていたのかと、判ってからでは遅すぎる。ついうっかりと、夢の中でのスピアタックル、懐ろにいたセナくんへとかましていたら?
「…やっぱりそれを恐れてのことなんだろうか。」
「つか、それしかねぇと思うんだがな。」
 もしかしてお前ら、まだどっかで進の野郎を人間扱いしてねぇな、と。半ば呆れての眇目遣いになって、葉柱がそんな風に言い返したところ、
「違いますもんっ!」
 セナくんがいきなり、力強くも言い返し、
「お昼寝の時はいつだって抱っこしててくれる進さんですもんっ。」
 広くて深い懐ろへ、とってもやさしくふわんと抱っこしてくれる進さんだのに、
「セナのこと蹴ったりするなんて、そんなのないもんっ!」
 あああ、お口がたわみ始めたし、大きな眸もうるうると潤み始めたぞっと、同席していたお兄さんがたが二人揃ってあたふたし、
「いや…だからサ。」
「俺らだってそんなこたあするまいと思ってるってば。」
 二人掛かりでこき下ろしているものと、そんな誤解をされたなら大きに心外。えくえくとすすり泣き始めたのを、
「おっと、七月のハッ○ーセットは車のおもちゃがついてんだな。」
「あ、そうそう。マックィーンのが入ってたんだよね? ね?」
 もう一個買って来ようねと桜庭さんが気を利かせたり、これはレーシングカーだから、進みたいにそりゃあ脚が速いんだぞと、葉柱までもが何とか宥めてあげて差し上げて。

  「…で。何でまた俺が呼ばれたんだ?」

 進を説得してくれってんなら人選間違え過ぎだぞお前らと、お話を聞いて尚増す疑問へセナくには見えないように、その眉を顰めた総長さんだったのだけれども、
「だから。…ヨウちゃんと添い寝してあげてる葉柱くんだったら、何かアドバイスを聞かせてくれないかって思って。」


    「………はい?」





            ◇



 そこまで話して聞かせたところが、こっちの坊やまでが…その時の葉柱と同様のお顔になって見せ、
「何で…俺の添い寝してっとアドバイスが出来るんだ?」
 しかも。セナがああまでご機嫌さんだったということは、そのアドバイスとやらが功を奏したってことにならないか?
「…もしかしてそれって。」
 嫌な予感がして来たらしく、眉間を曇らせ始めた坊や。お昼ご飯にと買って来ていた総菜パンの、激辛カレーパンを一個、葉柱のお兄さんへどうぞと進呈しながら、あのね? お話の先を促せば、

  「もう心当たりがあるんじゃねぇの?」

 さっきまでとは打って変わっての上機嫌。お兄さんたら“くすすvv”とそれは楽しそうに笑って見せたのでありまして。





            ◇



 葉柱が提案したのは、何とも簡単な寝方であって。しかもその上、
「まずはの確認、つか練習で。独り寝の時に横を向いて寝てみて、尚且つ、体が向いてる側の布団の縁回りに、バスタオルやタオルで塀を作る。」
「…葉柱くん?」
 一体何をやらせようというのだかと、怪訝そうなお顔になった桜庭には構わず、
「朝起きて、布団どころかそのタオルの塀までもが乱れていたり、それどころか蹴り崩していたなら確かに危ない寝相だが。そうでなければ、無意識下で暴れ回るよな寝相じゃあないってことの証しになるだろうが。」
 それでも納得がいかんって言うんなら、俺にもお手上げ。手錠でも足枷でも拘束帯でも嵌めて寝なと、氷が解け始めていたアイスコーヒーをストローでズズッとすすってから、
「お前もそれで納得しときな。」
 直接向かい合ってる二人の頭越しという角度の視線になって、声をかけたる葉柱だったりしたものだから。

  「…え?」

 何だか嫌な予感がするぞと、川柳にしては字あまりな感覚に襲われて、その身を固めた桜庭さんとは真逆の反応、ハッとして背後を振り返ったセナくんの視野に収まったのは誰あらん、
「進さん?」
 話題の中心人物、王城の最強ラインバッカーで…自分の寝相が不安ならしい、進清十郎さんではありませんか。
(こらこら) いつからそこに待機していたものやら、丁度セナたちの座ってた真後ろの席にいて。彼らのお話が佳境に入った終盤あたりから、顔をこちらへと覗かせて、葉柱とは視線を合わせてもいた彼であったらしくって。
「何で此処にいるの?」
 桜庭さんが、進さんは今日は、お家の道場に来る子たちを集めての七夕の準備があるから忙しいってゆってたのに?と。セナくんが心から驚いて見せているのへは、

  「なに。真摯な悩みごとをそこここで吹聴して回られても困るしな。」

 すっぱりと言われて、途端に…あわわと青くなった桜庭さんではあったけれど、
「責めている訳ではない。」
 これでも彼なりに冗談めかしたお言いようをしただけならしく、
「ただ、セナは何かというと、妖一かお前にどうにかしてくれと泣きつくから。調子のいいことにも押し付けた格好になったなら、多大な迷惑をかけやすまいかと思ってな。」
 これはセナくんへ向けての、やっぱり彼には珍しい叱言で。あやや〜〜〜///////っと、首をすくめて真っ赤になっちゃった愛しい子へ、その柔らかな髪をぽふぽふと撫でてやりつつ、

  「参考になることを聞いた。さっそくにも試してみる。」

 ああやっぱり。失礼ながら柄になくも、自分の寝相が小さなセナくんを傷つけないかと。それが心配だった仁王様だったみたいだってところは、さすが桜庭さんで立てた目串が“ビンゴ”していたみたいです。
“人を怪我させるような寝相だってのは確かに問題だけれどよ。”
 そこまでの叩いたり蹴ったりはさすがに…ともかくとして。
(苦笑) あまりに小さな添い寝の相手を、転がってしまった結果として押し潰してしまうかもという心配は、誰にだってあるかもで。そんなささやかなものへでも、事前に警戒し、セナくんをあくまでも守りたいって思ってしまった進さんだってのが、

  “やっぱ柄じゃねぇって思うのは、失礼なんかな。”

 仁王様だの鬼神様だの、フィールドでの異名もどこへやら。こんな小さな坊やを大切にする余り、こうまで振り回されてるだなんてね。可愛いもんだよななんて…自分のことはしっかりと棚上げした上で。同じ席へと運んで来た彼のそのお膝へと、さっそくにもよじ登っちゃった坊やと、そんな彼を何とも和んだ眼差しで見やる…力強い精悍さや頼もしいまでの男臭さが売りだったはずのお不動様とを。とんだ一幕にかかわった身の擽ったさを、その甘さに困りつつも、けれど楽しげな苦笑混じりに眺めやる、総長さんだったそうでございます。







            ◇




   「……………で?」


 と。こちらは回想シーン終了後の、現在の総長さんと金髪の坊やだったりし。
「何が。」
「だから。/////////
 まだ確認が取れないうちから杞憂していた向こうさんと違い、こちらさんは間違いなく、寝相が悪い誰かさんとの添い寝だからこそ、何かしら対策を取っているのではと相談を受けたらしい総長さんに違いなく。
「桜庭が覚えててな。あいつも結構蹴られたそうだって言うじゃないか。」
 もっとも、その当時って言ったらヨウちゃんもまだずんと小さかったから、ビックリして跳ね起きこそしてもそんなに痛くはなかったけれどと付け足してたがと、くすくす笑って見せるお兄さんへ、
「どんな対策取ってやがんだよっ。」
「大層なもんじゃねぇさ。」
 にまにま笑って、おいでと手招き。テーブル代わりの机を間に挟んでいたからね、お兄さんが椅子を少し横へと向け、正面に何も障害物がないように構えたのへ、
「…うん。」
 坊やも素直に立ち上がり、そっちへと向かえば、
「そこで後ろ向いて。そう。そのまま俺のこと、椅子だと思って腰掛けてみな。」
 いつもは向かい合って、視線を合わせもって乗り上がるお膝。何だか初心者の車庫入れみたいで落ち着かないなと、思いつつも言われた通りにして見せれば。
「こうやって、乱暴者の側の背中を抱いて寝りゃあいいって。そう言ってやったまでだが?」
 ちなみに、奴らの場合は、チビさんが進の背中へくっつくってことになる訳だがよと。練習の段階で無事だって判ったんなら、そんな段階もスルーしたんだろかもなと。苦笑混じりに言いながら、きゅううっと自分を包み込んだ暖かみ。長い腕が背後から伸びて来ての優しい拘束が、ちょっぴり不意だったこともあり、
「…っ!/////////
 ぱぁっと真っ赤になってしまった坊やだってのは、淡い髪を透かしたお耳を見やるだけで、葉柱のお兄さんにも丸見えだってのにね。
「で、でも。これっておかしいじゃんか。」
「そか?」
「だって…よ。」
 ルイんチとか別荘とか、お泊まりに行った時はいつだって、その懐ろに真っ直ぐ迎え入れてくれてるお兄さんなのに? 枕元に灯されたスタンドの淡い光の中、お顔を見ながら、髪を撫でてもらいながら、他愛ないことお喋りしつつ。ゆっくりゆっくり、いつしか眠ってる坊やだったから。こんな風に実は向かい合ってはいないんだよと言われても、覚えがないので戸惑ってしまうというもので。動揺を押し隠すように、ややもすると無理からの強い語調で言ってのけた妖一くんへ、
「まあ、寝付くまではそうしてるけど。」
 長い腕を活かして、身を屈めつつお膝の下へ、片腕を通してやっての一瞬の“ひょい”っという抱え上げにて、
「わっ☆」
 あっさり軽々と脚が浮いての方向転換により、今度はお膝の上への横座り。
「何だよ。気づいてなかったのか?」
 まあ、ここんところはそんなにも、とんでもねぇ寝相でもなくなってるみたいだが。
「だって、朝起きた時だって…。」
 やっぱり向かい合ってるしと、言いかかってハッとする。そんな風に、抱き枕よろしく懐ろの中へ深々と抱えられているらしいにもかかわらず。朝にはやっぱり、ちゃんと相手の腕の中で“向かい合ってる”ってことは…。背中を密着させるほどということは、多少はきゅって抱き締められてもいようにね。それを振りほどきながらの寝返りを、きっちりと打ってるってことではなかろうかと。いくら何でも気がついて。

  「〜〜〜〜〜。//////////
  「痛い目は見てねぇからよ。」

 蹴るとこまでの大事は今んトコやらかしちゃあいないから心配すんなと、ほのかに苦笑って、耳の傍にて囁けば。
「ば、馬鹿ヤロっ、そんなんで感じ入ってなんかねぇよっ!」
 じたばた暴れる坊やの往生際の悪いこと悪いこと。真っ赤になってることにまでは気がついてないらしい、そんな可愛げが。ここのところ顕著になって来たのを、良いことだよなとこっそり悦に入る総長さんだったが、

  「? シノブ、何してるんだい?」
  「いや。なかなか入るタイミングが掴めなくって。」

 出来ればそろそろ、部室でのラブラブはご遠慮願いたいんですけれどと。困ったように苦笑しつつも、本気で困惑している訳ではないらしく、
「困ったことがウチの持ち味になっちまったよね。」
 まったくもうと、メグさんがして見せたしかめっ面もまた、そんなに保ちはしなくって。さあどこで声をかけてやったら飛び上がって驚くかなと、そんな算段を楽しげに固め始めたお二人さんで。お外はまだまだ湿気も重い、鬱陶しい梅雨の最中ではありますが、そんな湿り気も吹っ飛ばしての、のほのほと楽しい一時を、渡り廊下の向こうから、アジサイのお花がくすくすと揺れながら見守っておりました。





  〜Fine〜  06.7.10.〜7.11.


  *進さんBD話にしたかったのですが、
   大部分はセナくんと桜庭さんと葉柱さんという顔触れで進めてましたが、
   それでもやっぱり
   途中から大きく路線が逸れてしまいましたな。
(笑)

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